キットは
革も型紙もデザインも、
やりたいことが集約されている。
※本インタビューは2013年3月14日に行ったものです。
Profile
つちひら•やすえ。1976年、千葉県出身。
桑沢デザイン研究所卒業後、デザイン事務所に勤務しバッグのパターン、
サンプル制作、アシスタントデザインを担当する。
その後アパレルメーカーで7年間バッグのデザイナーとして勤務。
2011年より .URUKUST スタート
2011年9月 台東デザイナーズビレッジ入居
2012年より 女子美術大学プロダクトデザイン専攻非常勤講師 を勤める
「Japan Leather Award 2012」審査員特別賞受賞
SEIWA企画部、以下略
――革に初めてふれたきっかけは?
土平恭栄 氏(以下敬称略)
レザークラフトは中学1年の時からやっていたので、かれこれ23年間やり続けています。
中学校にレザークラフトクラブがあったのがきっかけで、興味のある生徒が集まり、手縫いやカービング、染色などをして作品をつくっていました。やっていて楽しかったんですが、決まった図案や古くて使えないようなデザインがおおく「もっと、今どきで使えるモノをつくりたい」と次第に思うようになりました。それからは徐々に道具をそろえていき、高校生の頃にはバッグやスカートその後はレザーJKまでつくれるようになりました。当時はピッグスエードを安く購入できたのでよく使ったことを覚えています。
――当時から現在のような仕事に就こうと考えていたのですか?
そのころはまだ趣味の範囲だったので職業にしたいという気持ちはまったくありませんでした。むしろ小さいころからずっと音楽をやっていたので、音楽に関わる仕事をしたいと考えていました。ピアノや意外に思われる方が多いのですが、ドラムもやったりしていて(笑)学生時代は、その他にもインテリアデザインなど色々なことに興味がありました。
それで、高校卒業後、曲づくりが好きだったこともあって作曲家になろうと音楽学校に入学しました。でも入学して2年目あたりで音楽へのこだわりがうすれ“わたしには向いていないかも”と思うようになりました。授業の成績は悪くなかったのですが目標を見失っていたんですね。
そんな時に以前から興味があったインテリアデザインをふと思い出して“やってみよう”と桑沢デザイン研究所に入りなおしました。そこでの授業の体験から、デザインやつくることが本当にしっくりときて「コレだ!」と思いました。自分にとっては、つくることが昔からの習慣のようになっていて、あらためて向いているんだなと実感しました。今にして思えば音楽は憧れだったんだなと。
――専門学校を卒業してからは?
食器やメガネなど色々と展開しているデザイン事務所が求人を出していたので、いろいろできそう思って入社しました。会社では、ちょうど新たにバッグのブランドを立ち上げたタイミングで、思いもよらずデザインアシスタントを担当することになりました。仕事は楽しかったのですが、入社から2年たったころから「独立したい」という気持ちが強くなっていきましたね。もともと独立心がつよい性格だったのと、なにかに縛られているのが苦手なんですかね。
結果として会社を辞めて25歳で独立しました。はじめの頃はちょっとおもしろいプロダクトをつくろうと考えていたので、木製の雑貨などをつくっていました。中でも、自分でプラモデルのように組み立てられる革の携帯ストラップキットや木製のモビールキットをつくったときなどが思い出深いですね。働いていた頃は革を素材としてつかっていましたが、あくまでこの時点では革でなにかをつくろうといった特別な意識はなかったです。独立してからは勢いでキットなどをつくりましたが、肝心の売り先を見つけることなど別の大変さがありました。
――独立されてからのエピソードを。
独立してから、自分のブランドとしてバッグをつくって展示会に出品したところ、それがアパレルメーカーの目にとまり、ブランドごと会社に入らないか?とお誘いが来たんです。少し迷いましたが入ることにしました。27歳の時でした。
入社してからは自分の好きなように企画して、商品をつくっていたのですが、次第に売れ筋のバッグを製作する仕事が増えていきました。入社して5年目あたりからはまったく自分の好きなことができる環境ではなくなり、売れ筋のみに偏ったアイテム企画に「わたし、なにやっているんだろう?」と思いはじめました。自分のやりたいことと会社が進む方向のズレに違和感があって。。。それで7年目に辞めようと決意してからは、初めて独立した時の反省を活かして新たな独立に向けた準備をはじめました。
――そこで今の.URUKUSTに辿り着くわけですね?
そうですね。独立して何をするかつきつめて考えていった時に「やっぱり革をつかおう」と思って。中学校の頃から1番長く経験があって好きだったのと、デザイナーの時から型紙づくりが楽しかったことが理由ですね。
でも職人といえるほどの技術があったわけではないので、どうやって他の革のブランドと差別化していくかも考えました。10年、20年も使ってもらえるものをつくりたい。でも老舗の革ブランドでそういったところはすでにたくさんありました。どうすればいいか考えていた時に、昔つくった革のキットを思い出して、そこから何か新しいプロダクトをつくれないか? と考えはじめたんです。
買った人が一手間加えて完成する自分だけのもの。自分で一手間加えることで愛着を持っていただけると思い至ったので、新しいキットをつくろうと思いました。
――原点回帰がおきたんですね!
キットはわたしのやりたいことが色々と集約されていることに気づいたんです。革も型紙もデザインも。型紙づくりでは縫う箇所を減らす工夫をしました。突き詰めていくと普通の革の型紙では見られないカタチに変化していくんですよ。
一方、デザインでもキットであるがための制約や課題が多いのも事実。でも、デザインってかたい言い方をすると問題解決だと思っているので、逆に制約や課題が多ければ多いほど燃えるんです。そういう考え方でキットの製作をしているとアイデアが膨らんでくるんですよね。
こういった考え方は桑沢デザイン研究所で叩き込まれたものです。あくまでも自己主張ではなく、問題を解決してカタチにしていく作業といえます。真剣に考えてそれにずっと向き合う。そうすると問題の本質が理解できて理想とするカタチへの道筋が見えてくるんです。大変ではあるけれど対象に向き合って考える時間が1番たのしい気がします。
- 1土平恭栄|Yasue Tsuchihira
- 2「つくる選択肢もあるんだよ」と広く伝えていきたい。