革も服も
つくりかたは
すべて独学
Profile
やまぐち・まさとし。クロッシード・アローズで制作を担当。
古着をリメイクしたアイテムやビンテージラグをデザインに取り入れたレザーアイテムなどを製作/販売するほか、オーダーメイドもおこなっている。
2000年頃、革と出会う。
フリーでアパレル生産業に従事する中、レザークラフトに魅了される。
革の扱い方から裁断、縫製まで独学で身につける。
古着のリメイク業でさまざまな素材を扱った経験から、素材ごとの特性を活かしたモノづくりに定評があり、中でもビンテージラグと革を組み合わせたバッグ製作を得意とする。
2007年4月「クロッシード・アローズ」を立ち上げて、現在に至る。
藤田(SEIWA企画部、以下略)
――山口さんが革にはじめて触れたのは、いつごろですか?
山口雅敬 氏(以下敬称略)
いわゆるレザークラフトの材料として革にはじめて触れたのは10年前あたり、2000年頃かな。
当時、革のショルダーバッグが欲しかったんだけど、市販でいいものがなかなか見つからなくて。「売っていないなら自分でつくっちゃおう」と思ったのが革にはじめて触れることになったきっかけです。
最初は雑誌や参考書を買って読むことからはじめて。わからないことが出てくると、革関連のショップスタッフさんに質問してアドバイスをもらっていましたね。
その頃はフリーランスとしてさまざまな仕事を受けていましたが、主な業務はアパレル生産業で、古着をリメイクしたアイテムの製作でした。これらの仕事は学生の頃から憧れていたものなので、やりがいもあり楽しかったです。
しかし、学校が工業系だったので、服飾はもちろん、革を扱う業界というものに、どのようにして入っていけばいいのか、その道程すらわかりませんでした。
革の扱いについては参考書から得た知識を元にトライ&エラーをくりかえしていく中で身につけ、その製作技術はほとんど独学でした。経験を積み重ねる中でノウハウを身につけていった感じだね。
だから、ぼくは革も洋服もすべて独学でやってきたと言えるかもしれませんね。
――ブランドを立ち上げたきっかけは?
独立したのは2007年4月です。
そこで「クロッシードアローズ」をブランドとして立ち上げたんだけど、今振り返ると無鉄砲だったかもね。自分の手でつくった洋服が身のまわりの友人達にとっても好評だったから、これで勝負できると思ったんですよ。あとはあまり深く考えずに勢いで(笑)。
ブランドを立ち上げてからは、しばらくは自分自身で古着をリメイクした洋服づくりを続けていたよ。
――洋服の製造・販売をメインにしながら、なぜ革を使ったアイテム製作もやることにしたんですか?
フリーの時から洋服を10年間つくり続けてきたから、いつごろだったか、毎日毎日ミシンで縫製するだけの作業にストレスに感じるようになってしまって。
単純作業から来る閉塞感とでもいうのかな、つくり続けることが苦しくなってしまったんです。洋服づくり以外のものづくりを息抜き程度にはじめてみたくなってね。
そんな時に、息抜き程度のはずが、なぜかバッグを革でつくってみたくなった。パーツを買い揃え、革と布を組み合わせたバッグをつくってみたら、とってもおもしろくて。
そうして趣味程度でやっていたのが、つくり続けるうちにいつの間にかすっかり引き込まれてしまったんです。そしてブランドから革のバッグを出そうと決めたんです。
――モノづくりはいつごろから好きでしたか?
子供の頃から手を動かして何かを作るのが好きでした。小中高は、絵を描いたりするのが好きで図工の授業は得意だったな。昔から手先が器用なほうだったとはおもう。
モノづくりの原体験というか、ぼくには兄がいるんですが、その兄が小学校の宿題でフェルトを使ったポーチをつくるという宿題をもらってきたんです。兄のつくる様子を見ていたぼくもいっしょになって見よう見まねでつくったんです。そしたら、これが案外上手く出来た。そのことがうれしくって、今でもはっきりと記憶しています。
その体験がぼくのはじめてのモノづくりでした。
――はじめてのバッグはミシンと手縫いと、どちらでつくりましたか?
当時使用していたミシンでは革を縫えなかったんで、手縫いでつくりました。手縫いの職人ってかっこいいなって思ってたし。
東急ハンズ渋谷店のスタッフに聞いて手縫いの方法を教わり、独力で製作しました。革の扱い方から裁断、縫製まで右も左もわからないくらい知識も技術もなかったから、手を切ってしまって血だらけになりながら、なんとか1つつくり上げましたね(笑)。
――製作にあたってフォルムや色、機能など参考にしたバッグはありましたか?
特になかったです。
機能的に大容量のバッグがほしかったことを念頭に大きめのサイズを設定し、肩掛けがよかったからショルダータイプにしました。そうやって自分のイメージと欲しい機能をもとにデザインしていきました。
それと、当時の仕事柄、ビンテージラグを素材の一部に使った古着のリメイクをデザインの基調としていました。当時つくったバッグは今も店頭に飾っているけど、値段はつけてません。
以前、どうしても売って欲しい、と値段を教えてくれと言ってきたお客さんがいたんだけど、丁重にお断りさせて頂きました。今でもこのバッグがあることで、店頭にいらっしゃったお客さんがそれを見て気に入ってくれてオーダーがとれているところがあります。それはこのバッグのおかげなので、初心を忘れないようにするためにも、とても大切にしています。
――山口さんのつくるアイテムはどれも個性的で、スタイルも確立されているように思うのですが?
革をつかってバッグづくりをはじめた頃から今のスタイルは見えていた。ビンテージラグと革を組み合わせたバッグがずっと欲しいと個人的にも思っていたし、それを製品として展開したかった。そしてきっと受入れてもらえるとも思っていたんですね。
ビンテージラグから感じられるネイティブアメリカンの歴史や彼らのスピリットなどのバックグラウンドも僕の感性と合うし、ラグの鮮やかな色や手織りならではのあたたかみに魅力を感じているんです。
- 1山口雅敬|Masatoshi Yamaguchi
- 2人と人が出会い、時間を共有する場所。それがSHOPの姿勢