鹿革の
柔らかい雰囲気を
多くの人に伝えたい
――気持ちを革だけに切り替えたのですか?
そうですね。今度は革だけでやってこうということで、革の制作現場に入り、職人になろうと求職しました。探した結果、カバンの修理という仕事が見つかりました。
デザインという業務には携われなかったけど、修理なら勉強になるだろうということで入社しました。募集要項ではカバン修理とだけしか書かれていませんでしたが、行ってみるとそこは某有名ブランド専属のリペア工房でした。ブランドから依頼が来て、そこで直して販売店に戻すという業務です。常に特定有名ブランドの商品を受け取っては、分解し、ミシンがけや金具つけをして元に戻すという作業をしていました。
当たり前ですが、送られてくるカバンは持ち主ごとに異なる状態でした。またカバンを使い続けて行くと、どこから壊れていくかということも次第にわかって来ました。カバンの構造も分解する過程でわかりましたし、このリペア工房での経験は、今いろいろと役立っていますね。
――その後、独立にいたるまでをお教えください。
リペア工房の仕事を続ける中、2011年3月に東日本大震災がありました。仕事場は東京の青山にあったのですが、地震で電車が止まり、自宅のある八王子まで徒歩で帰宅しました。
家族に心配をかけ、小さい子供もおり、このまま都心で働いていていいんだろうかとふと疑問に思ったんです。そして家族の近くにいよう、子どもに心配かけない場所で働こうと思いました。
私の場合は「自分の足で立つ」、すなわち独立です。リペアの仕事は非常に面白くやりがいもあったので、迷いましたね。また仕事のかたわらクラフトフェアへの出店や卸もしていたのですが、果たして本当にそれで食っていけるのだろうかと葛藤し、「そんなに甘くないよな」と踏み出せずにいました。
そんな感じで日々過ごしていたところ、この場所【注:八王子の現ショップ】を見つけたんです。自宅から最寄り駅までの通り道でした。シャッターにテナント募集と書かれており、その瞬間ビビっときて、すぐ電話して押さえました。何にも考えていませんでした(笑)。
――そのときの勢いってやつでしょうか(笑)。
ピンときて「ここだー!!」って思って、妻にも親にも誰にも相談せず即決でした。お店をやると一言も告げず、決めました。
不動産屋に電話して「空いてるなら借りたいんですけど」って。事後報告として妻に話すと、案の定「大丈夫なの?」って言われましたが、「大丈夫っしょ!!」って(笑)。3日後に契約しました。2011年の8月頃の話です。今から思えば夏の暑さの勢いもあったのかも。
プランもなにもありませんでしたが、借りてしまいました。しかし、商売としてお店をやるには全くの素人で、本当に見切り発車もいいところでした。そんな状態だったので、「お店はやるけど、仕事は辞めない」ということにしました。平日は妻にお店に出てもらい、土日は僕が出るということにしたんです。
2ヵ月かけて内装をつくり、11月にオープンしました。この場所で営業してみて、まず結果を見てから今後の働き方を判断しようとしました。11,12月の2ヵ月間に、商売としてどのくらいいけるのかを見てみようと考えたんです。意外とここは慎重でしょ?(笑)。
結果を見てみると、「いけるじゃん!」ってくらいの売上を確保できていました。そして12月いっぱいで脱サラし、2012年初頭から、完全独立しました。
――なるほど。初めからそれだけ上手く行くというのは稀だと思いますが、やはり鹿革へのこだわりが功を奏したということなのでしょうか。
現在革として出回っているもののほとんどが牛革です。だからあえて僕が牛革をやる必要はないなと考えていました。その一方で、鹿革はおそらくほとんどの人が触ったことがありません。
僕自身の第一印象が「ナニコレ?」というものでしたから。その感覚を皆さんにもおすすめしているんです。
触ったときの驚きというか、「これ革なの?」という感触をもっと知ってもらいたい。あとは周りの人たちとのつながりや助けによって、今につながっているのだと思います。
――鹿革の素材としてのよさは?
鹿革は柔らかくて伸縮するので、カチッとした仕上がりにはなりません。例えばビジネスマンが持つスタイルにはなかなか馴染まないかもしれません。
僕はそんな、あまり角ばっていない、優しい感じが好きなんです。肩肘張らずに持てるというか、柔らかい雰囲気ですね。
――鹿革の製品自体も全体から見るとあまりありませんが。
そうですね。時間もコストもかかるので、大量生産に向きません。大手メーカーが手を出さないのもそういった事情によるものです。
また1枚の鹿革でも牛革以上に厚みの差があり、使えるところも限られる。ロスも多い。だけど皆がやらない分、当店の強みとして差別化の一つになっていると思います。
鹿革は牛革より古い歴史があります。僕の店はブランドとして「KAZINO」というタグをつけていますが、それより鹿革のよさをもっと押し出して、多くの人に知ってもらいたいですね。
――デザイン上のこだわりはありますか?
鹿革は端まで使える素材なので、そこを活用するデザインにしています。端部は1枚の中でも限られたところなので、実は貴重なんです。だから仕上がるものも、毎回違う形、表情を持ったものになり、お客さんとも一期一会で、見た瞬間の第一印象で決めて買っていただくという感じです。
あとは金具もなるべく使いません。カバンのショルダーベルトも結んでつなぐという処理でつくっています。
――たしかに、カチッとした革小物を見てきたあとに梶野さんの作品を見ると、柔らかくて優しい雰囲気を感じます。
お客さんも、牛革、ワニ、オーストリッチなどすでにいろいろな革製品を持っている人も多くいらっしゃいます。でも鹿革は持っていらっしゃらないことが多い。だから、初めて出会ったという感じで、新鮮な印象をいだいてもらえることがあります。
――将来の展望を。
今はカジノ・レザーワークスをもっと大きくしていきたいですね。個人事業主でやっていますが、3年以内に法人化して大きく育てていきたい。そしてなにより、鹿革のよさをもっともっと広めていきたいと思います。
――ありがとうございました。
【Shop Information】
KAZINO leather works
〒192-0066
東京都八王子市本町11-12 ボンシャンス1F
Tel & Fax: 042-686-2721
OPEN 11:00〜18:00(土・日・祝は19:00まで)
CLOSE 毎週火曜日、水曜日
http://www.kazino.jp/
インタビュー=SEIWA 岡田和也
- 1梶野恭男|Yasuo kajino
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