確かな技術と
情熱で表現される
エレガントなカービング
――話をカービングに戻させていただきます。カービングで大切にしている点はありますか?
スタイルですね。わたしはシェリダンスタイル・カービングを基本としていますが、基本をそのままデザインするだけではなく、自分らしさを表現したいと試行錯誤してきました。
どう説明したらよいか難しいのですが、エレガントなフローラインができるように努めています。サークルが優雅にダンスをしているように、そしてアクティビティーに伸びていく感じが表現できたらいいなと思って。
――制作の上でとくに心掛けている点などはありますか?
シェリダン・スタイルはラインが多く小さいバックグランドがたくさんあるので、エレガントなフローを表現するには、カットを細く浅くすることが重要だと考えています。なので、カットを細く浅くすることを常に心掛けていますね。
――作品から受けるエレガントな印象は、技術によって意識的に表現されていたのですね。ところで、レザークラフトをはじめたことで、心境の変化などはありましたか?
以前よりも新しい何かへの創作意欲を持つようになりました。これは年々強くなっていますね。それと、忍耐力が強くなったように思います。
振り返ってみると、今までレザークラフトほど情熱をもって打ち込んできたものはなかったかもしれないですね。いつも時間が経つのを忘れて没頭してしまいます。
――ものごとを見る目線も変わりましたか?
自然をより身近に感じるようになりましたね。花がターンバックしているところやフラワーセンターなど、カービングデザインに活かせる造形は特に。これは図案の作成にとても役立っていると感じています。
それと、革に対する考え方も変わりました。革はもともと命ある動物です。だから、素材として大切に扱い、作品として美しく革を残していきたいと考えています。
――人それぞれですが、ものづくりをはじめると視点の変化によって、自ずと価値観も変わっていきますよね。カービングの上達の秘訣はありますか?
全てのことに当てはまるかもしれないですが、「失敗の捉え方」だと思います。わたしは失敗をポジティブに捉えていて、次の作品制作の糧としています。
「失敗に感謝している」と言ってもよいくらいで、教室の生徒には失敗したら「おめでとう!」と声を掛けています(笑)。
失敗は次に繋がります。そしてその経験が応用力を養い技術となって身についていくと思います。失敗したらそこで制作を止めてしまうのではなく、続けることが大切だと思いますね。
――作品の制作でもっとも楽しい工程はどこですか?
図案を描いている時ですね。デザインを考えている時間は楽しいです。
まず、つくるモノの形に合わせてサークルが活きるようにレイアウトを決めます。つぎに、サークルを中心に美しいフローとなるようにイメージを膨らませ、スケッチブックにサークルと流れを描きこんでいきます。 次に花の位置や向きを決めて 図案を描きます。少し時間を空けてもう一度図案を確かめます。時間を空けることで客観的に図案が確認でき、デザインの善し悪しに気付きます。
カービングパターンを作成するのは決して楽ではないのですが、とても充実していますね。
―― 好きな革・色・糸などはありますか?
よく好んでつかう革はハーマンオーク社(注9)のツーリング・レザーです。刻印が入りやすく、スーベルカッターの入り方もよいですね。色味もよく革の焼け方もとても美しいように思います。レザー・カービング用に開発された革だからこその使いやすさがあります。
ハーマンオーク社の副社長から、ツーリング・レザー特有の赤い色味はアメリカのカーバーからも高く支持されていると聞きました。
―― 日本とアメリカでワークショップを開催されています。革にまつわることで、それぞれに違いを感じる点などはありますか?
アメリカ人は日本人と比べて革に慣れ親しんでいるように思います。たとえば、馬具に関するものは、大抵の人が知っています。昔から、革を生活の必需品として使っていたのですね。
やはり、子どもの頃にボーイスカウトでレザークラフトを学んでいることや、革がいつも身近にある生活環境がアメリカと日本との大きな違いなのでは?と思っています。
毎年ジム・リンネル(注10)とトニー・レイヤー(注11)のワークショップを手伝っているのですが、5歳くらいの子どもでもスーベルナイフをしっかりと扱えるのにはいつも驚かされます。子どもでもカンタンなコインケースであれば半日でつくってしまいます。
それと、シェリダンにはカーバーが多くサドルメーカーも沢山いて、環境的に革を目にする機会も多いいのだと思います。また、周辺には日本ではあまり見ることが出来ないような大自然が広がっていて牧場も多く、革を日常的に身近なものとして捉えているのだと感じます。
―― アメリカ、オーストラリア、台湾など、日本から世界にカービングを発信されています。その原動力はなんですか?
アル・スツールマン・アワードの受賞も大きな原動力となっています。受賞のお礼として少しでもレザークラフトの普及に貢献していきたいと考えています。
そもそも自分で制作したものを誰かに見てほしいといった欲求があります。つくったものを褒めてもらえると、子どものように嬉しくなってついついはしゃいでしまいます(笑)。
あとは、ワールド・レザー・デビューでジャッジを務めていることも原動力の一つですね。ジャッジをするという事は、ある程度以上のことを知っていなければならないし、公平かつ信頼されていなければいけません。
―― レザークラフトを広める活動のひとつにご自身で教室を開かれていますね。その教室の内容についてお聞かせください。
教えるポイントをしっかりと解説しながら実演して見せるように心掛けています。微妙な力加減などは解説と実演を抜きにしては伝わらないと思っていますので。
カリキュラムなどは特に設定せず、生徒個々人のスキルや目的に合わせて指導しています。
それと、シェリダンスタイルを本格的にはじめたい人にははじめからそれにあった刻印をつかうようにオススメしています。
――技術の開示についてはどう思っていますか? 人によっては嫌がる方もいるかと思います。その点、岡田さんはとってもオープンですよね?
アメリカのフェデレーションやギルドでの体験もあり、わりと皆さんオープンですね。
わたしに解ることであれば教室の生徒さんには、知っている限りのことはなんでもお教えしていますよ。
――昨今のアル・スツールマン・アワード受賞についてのお話をお聞かせください。
アル・スツールマン・アワードは彼がレザークラフト業界に残した数々の偉業に鑑み、技術もさることながらレザークラフトの普及や人間性、活動等を評価の対象として贈られるレザークラフターには最も名誉ある賞です。
わたしの場合、アル・スツールマン・アワード・ファンデーションからノミネートの連絡があり、ポートフォリオを送りました。ノミネートはされても簡単には受賞できない賞だとアメリカの友人から聞いていたので、まさか受賞できるなんて夢にも思っていませんでした。
発表は今年の5月にシェリダンで行われました。受賞者のプロフィールが読み上げられると、わたしが送ったプロフィールとまったく同じだったので驚きと感激で頭が真っ白になってしまいました。
壇上まではチャン・ギアー(注12)がエスコートしてくれました。胸がいっぱいになってしまって、スピーチは全くままならなかったです。涙が出そうになるのを何とかこらえながら、やっと口から出た言葉が「サンキュー」だけ。その時は会場の参列者がどっと笑っていました(笑)。
どんなスピーチかとみんな待っていたらしいのです。それと、自分では気が付かなかったのですが、壇上のマイクが置かれている場所とは見当違いのところに立っていたらしいのです(笑)。
壇上の後方には歴代の受賞者が並んで出迎えてくださり「Welcome to AL STOOL MAN Award group!」と声を掛けて祝福してくれました。そして皆さん一人ひとりとハグをしました。
――とっても緊張されていたようですね(笑)。それでは、今後の展望・ビジョンなどをお聞かせください。
アル・スツールマン・アワードの主旨に従ってレザークラフトをたくさんの方に広めていきたいと思っています。
あとは、8年間続けてきたワールド・レザー・デビューにたまにはエントリーしたいと思います。
シェリダンにはカービングのオーソリティーがたくさんいるので恐れ多くてワークショップは持たなかったのですが、依頼もあり、今後は実施したいと思っています。
――最後にこれからレザー・カービングをはじめてみたいと考えている読者に向けてメッセージをください。
忍耐強く継続して取り組むことが上達のコツです。最初は上手い人の作品や図案の真似からはじめるとよいと思います。自分らしいスタイルはそれからです。まずはたくさん練習をして基本を身につけましょう。
そして、はじめから意気込まず、沢山練習をしましょう。はじめのころは失敗の連続だと思いますが、めげずに頑張りましょう!
(注1)アル・スツールマン
パターンや技法などまとめた数多くの書籍を手掛け、今でも世界中のレザー・クラフターに多大なる影響を与えている(故人)。
(注2)アン・スツールマン
アル・スツールマン夫人。自身もレザー・クラフターとしてアル・スツールマンを支えながらレザークラフトの普及に尽力した。
(故人)
(注3)ラナ・スミス
チャック・スミス・ツールズの代表、チャック・スミス夫人。
(注4)ドン・キング
本名ドナルド・リー・キング。 有る・スツールマンアワード受賞者。シェリダンスタイルカービングの創始者でありツールメーカーでもあった(故人)。
(注5)ジム・ジャクソン
本名ジェーム F ジャクソン。キングズ・ミュージアムの専属レザーアーティスト。現在最高のカーバーと評される。
(注6)チェスター・ヘイプ
ドン・キングと並ぶアメリカを代表するトップカーバーの一人。
(注8)チャック・スミス
チャック・スミス・ツールズの代表。 アル・スツールマン・アワード受賞者。カーバーとしても有名。
(注9)ハーマンオーク社
1881年創業。セント・ルイス郊外を拠点とする伝統のある老舗タンナー。
(注10)ジム・リンネル
テキサス、フォートワース在住。アル・スツールマン・アワード受賞者。タンディー社のディレクター。カーバーとしても有名。
(注11)トニー・レイヤー
コロラド在住。アル・スツールマン・アワード受賞者。タンディー社 広告担当ディレクター。 カーバーとしても有名。
(注12)チャン・ギアー
アル・スツールマン・アワード受賞者、シェリダン在住。
インタビュー=SEIWA 藤田利幸
'12年ワールド・レザー・デビューのスタンド・アローン賞で1位を獲得した際の表彰状。
〈ショルダー バック〉 第4回ワールド・レザー・デビュー パーソナル部門1位。
〈ハット バッグ〉 第9回ワールド・レザー・デビュー パーソナル部門1位。
アル・スツールマン アワードを受賞した時の記念写真
アル・スツールマン アワードのメダル
- 1岡田明子|Akiko Okada
- 2レザークラフトをたくさんの方に広めていきたい